第2章 白いブリーフ -4-

「1枚、2枚、3枚・・・ああ、7枚」
 港真一は馬刺の切れ端を数えて絶句した。
「これじゃあ、由起子先輩とキノコさんと僕の3人では馬刺の数が割り切りれないよ〜」
 真一は頭を抱えた。
 松本市とある料理店。
「もともと松本は馬刺で有名なんです。おいしい店はいっぱいあるけど、最近は、輸入肉を使う店もけっこうあるとか聞きました。でも、ここの肉はおいしいですよ。おいしければ、国産でも輸入でもかまわないというのが僕の持論です」
 由起子はくすくす笑いながら、真一の主張を聞いた。
「ホワイティ、かわらないわね。こんな事件のさなかでも」由美子は昔の恋人でもながめるように真一を見つめた。
「で」少し真顔になって、由起子は真一に尋ねた。「なんで、私を尋ねて来たの?」
「へっ!?」真一は驚いた。「理由なんかないですよ」。
「危険を冒してまで?」
「危険に値する、人、ですから」
「まっ。あいかわらず、かわいいのね」
 由起子が顔を赤らめた。そんな由起子をながめながら、キノコは揚げ出し豆腐をもくもくと食べている。
「そんなあ。照れますよお」
「ところで」由起子は話題を変えた。「キノコさんは恋人?」
 げほっ、と真一はむせた。
「彼女はスコッチ先生の患者で、僕のアシスタントです。というよりは、僕のパートナーですよ」
「ほら、やっぱりパートナーさんをつれてくるぐらいだから、何か理由があるわけでしょ」と由起子は探るような目つきをした。「私はもう第一線から外れているの。何も新しい情報はないわ。といっても、もともと本社でも単なる料理記者だったんだから、話すことは特別にはないわ」
「ああ、先輩、変な勘ぐりをしないでくださいよ・・・でも」
「でも?」
「においがしたんです」
「におい?」
「あはは。ええ。おいしいオニオングラタンスープのにおい、みたいな。食べたいものをイメージすると、その手のにおいが頭の中をかけめぐるんですね。インスピレーション、というか」
 この子ったら・・・由美子は息をのんだ。
「びっくり。私を食べたいの?」由美子ははぐらかした。
「いえ! そんなとんでもない!」今度は真一は顔を赤らめた。「ただ、会いたかっただけでよ。ていうか、会うべき人という気がして。キノコさんも賛成してくれたんです。キノコさんは巫女さんですよ。迷ったら、キノコさんに聞くべきですよ。ね、キノコさん」
 寡黙なキノコは、あん肝にぱくつきながら、深くうなずいた。
「じゃあ。今夜2人を私の家に招待するわ。明日の朝、おもしろいものを見せてあげる。特別に」
 由起子は、本社時代によく見せたきりっとした表情で言った。
「わー、わー、なんだろう。フランスのダイニングのスタイルブックの新刊でしょ。僕がほしがっていた」
「あは、ほんとうにあいかわらずさん、ね」
 と優しく言って、1枚ばくっと馬刺を食べた。
「これで残り3枚。1人一枚で、割り切れるわね」