第2章 白いブリーフ -3-

 毎朝新聞社役員室。河野編集担当副社長、南原編集総局長、野沢社会部部長の3人が沈黙していた。
 河野はじっと階下の車の流れを見つめている。ソファーでは南原が腕組みをしており、野沢は入り口近くに立ちすくみ、2人が口を開くのを待っている。
「で」河野は南原と野沢に背を向けたまま言った。「港真一はいま、どこにいるんだ」
「はっ、それが私にも…」野沢は額に汗を浮かべている「現在、調査中ですが」
「警察の動きはどうなんだ」南原が後を追って野沢を責める。
「はっ、新宿北警察署が慌ただしくなってきています」野沢の手帳を持つ手がかすかに震えている。
 再び沈黙。
「君は社会部部長になって、何年になるんだっけ?」河野は言った。
「はっ、今年で1年になります」野沢が答える。
「ああ、そうね。例の事件の後だったね」河野がタバコに火をつけた。
「はっ…」野沢はもう答えようがなかった。
「君を経済部から社会部にコンバートした理由はなんだったかな。君はあの時、悔し涙を流しながら、私に誓ったはずだけど。もう一度、チャンスをください、と。」南原は容赦がなかった。
「南原君、まあ」と河野が制した。「君と野沢君は一蓮托生名ことを忘れずに」
「はっ…」今度は南原が沈黙する番だった。
「いいかね」河野は続けた。「君たちは自分の仕事をちゃんとしなさい。これは君たちの首を地方に飛ばすぐらいじゃ済まない問題なんだからね」
「それは重々、承知しております」南原が低い声で言った。
「私がこの社のトップになるか…」河野は相変わらず顔を見せない。「あるいは私たちが命を落とすか、だ」。
 深い沈黙が場を包んだ。時計が針を刻む音だけが、室内に響く。
 そして、河野は初めて2人に顔を向けた。「鈴木由紀子を監視しなさい」。
「鈴木…」2人は同時に声を上げた。
「鈴木君は確か…松本支局に飛ばしたはずですが…」そう言って、南原は「うっ」とうめいた。「副社長、それは!」
「十分に、可能性は、ある。鈴木が例の情報をつかんでいて、港真一が彼女と接触したら…」
 はあああっ、南原は思わず立ち上がった。「野沢君、すぐに長野に行きたまえ」
「はあっ」野沢は慌てふためていて、役員室を飛び出していった。
「我々も、楽観視、し過ぎていたな」河野はソファーに身を沈めながら言った。
「申し訳ございません」南原は深々と頭を下げた。
「全力を尽くしなさい、南原君。君ももっと汗を流さんと」
「承知いたしました。私は、社と、河野副社長に人生をゆだねた男です。私はこれからも…」
 河野が手で南原をさえぎった。
「言葉はいらないよ、南原君。結果を見せてくれ」
 そう言うと、河野は秘書に電話を入れた。「南原君がお帰りだ。次の来客を通してくれ」。