第2章 白いブリーフ -2-

 午前5時。竹橋埠頭。朝もやが立ち込めている。
 かすんだ空気の中に、赤いライトが点滅している。
 ジョギング姿の若い女が青ざめた顔で、刑事の質問を受けている。
 その水死体のおかむら刑事が見ても死後2日は経過していた。
 ジョギングしていた女は水際に渦のようにさざ波が立っているのを見て足を止めた。
 よく見ると穴子の群れだった。穴子はその死体を争うようにむさぼっていた。
 女はその場にへたり込み、携帯電話から110番通報してきた。
 穴子に全身をかじられたボロボロの遺体は、がっしりした中年男のものだった。全身に無数の裂傷があった。
「あー、こりゃ、放置プレーですかね」
 ほかの刑事が、口をへの字に歪ませながら言った。
 あながち、それも外れてはいないかもしれんな、と老練な刑事は心の中でつぶやいた。その遺体が身につけていたものは、靴下と白いブリーフのみだった。

 その情報はすぐに新宿北警察署の岡村刑事のもとにも届いた。
おやっさん、これって、もしかして…」
 新米刑事の野間は力んだ。
 岡村は野間の肩をポンポンと叩いて、自分の飲みかけのマグカップを手渡した。
「いいか、この事件は管轄外だ。だが、恐らくホシは一緒だ。おい、すぐにハンカチをもう一度、参考人として、呼ぶ手配をしろ。いいか、マスコミには気づかれるな。やつらはいま、ネタがほしくて血眼になっている」
「それが、おやっさん…今朝からハンカチがマンションから消えました」
 野間はくちびるをかみしめて言った。「すんません。おれが張り付いていながら…」
「そうか。いずれにしても、今回の事件は、あのハンカチがカギを握っている。さっそく警部に報告しよう」

「白ブリーフ殺人事件」特別捜査本部の特設電話には、朝からたくさんのタレこみ情報が寄せられ、5人の刑事が対応に追われていた。ほとんどがガセ情報であるが、今はそれも貴重な情報源である。ほとんどが、ハンカチに関するリーク、冷やかし情報だった。
おやっさん、中央高速の八王子インターチェンジで、ハンカチらしき男の乗車する軽トラを見たという情報が来ていますが。運転していたのはガタイのいい20代の女のようですが」
「八王子?」岡村は眉をひそめた。岡村の脳裏に何かがよぎって消えていった。「山梨・長野方面にハンカチが向う理由はあるか」
 野間は肩をすくめて見せた。「すんません。わからんです。しかし、高跳び、とか」
「いや」岡村は遮った。「高跳びなら、何も中央高速を突破する理由もあるまい」
 岡村はバッグをつかみ、席を立ちあがった。「おい、行くぞ」
おやっさん、どこへ?」野間は慌てて、後を追った。
吉野家だ」ニッと岡村は笑った。「まずは腹ごしらえだ」。